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ご先祖様から喜ばれる先祖供養の方法

ライターさん(最終更新日時:2013/7/27)投稿日:

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ご先祖様から喜ばれる正しい先祖供養とは一体、どのように執り行えば良いのでしょうか?

 


1.先祖供養商法にご注意

 よく世間では「先祖が成仏していない」「先祖の霊が迷って、子孫を祟る」「病気や災害は先祖供養を怠っているからだ」とかエセ霊能力者がイイ加減なことを、私利私欲の為に、無責任に吹聴して回っています。またマスコミも、それを何の検証もせず、無責任に流行させてています。善良な市民はエセ霊能力者の情報に不安をあおられ、踊らされ、駆り立てられて、分けのわからぬまま、エセ霊能力者の「先祖供養商法」の餌食になています。






2.死んで成仏するの?

 そもそも「成仏」とは仏法の概念です。まず仏教徒以外には無関係です。神道の方、キリスト教徒の方は成仏云々で不安になる必要がありません。仏教徒の方はご存知のように「成仏」は「仏様に成る」つまり「ブッダ目覚めた人に成る」ということで死とは無関係です。お釈迦様は死んで仏に成ったのではなく、因果の理法を覚られて目覚めた人・ブッダになれたのです。死んで仏に成るのだったら菩提樹の木の下でお釈迦様は想しながら死んだことになります。今の仏教というのは死人の説いた教えになります。どう考えてもおかしいですよね。






3.先祖が祟る?


また「先祖が祟る」とはどういうことですか?それは有り得ません。親として自分の子や孫をいじめるわけが無いじゃないですか?虐待ですか?また「病気や災難」の理由が「先祖供養の怠慢」とは一体どういう因果関係なんでしょうか?まぁ、風吹けば桶屋が儲かるぐらいの長いスパンで、回りまわっての何らかの作用というのが、無きにしも有らず、でしょうが、実際のところ、どうなんでしょうか?誰も正確に検証することができません。それをいいことに日本人の善良な風習に便乗しているのが、許せないところでありませんか。

 

 

 

4.先祖とは誰?

私たち自分自身が現に今、此処に存在するのは、ご先祖様がいらっしゃったお陰です。そのご先祖様に何とか感謝の気持ちを表したいというお気持ちは 大切にしたい美しい日本人の心です。さて、では、ご先祖様とはどなたでしょう?曾おじいさんとか曾々おばあさんとか浮かびますが、でも・・・・一番身近な先祖はズバリ、お父さんとお母さんですよね。






5.先祖供養のいろはの「い」とは実は○○○

 

昔から父の恩は山よりも高く母の恩は海よりも深かしと言います。故に「いの一番、感謝しなくてはならないのはお父さんとお母さん」ですね。ですから、先祖供養のいろはの「い」とは実は親孝行です。「親孝行したいときには親は無し」と昔から言いますが、あれは本当ですよね。ご両親がご存命で、お元気なうちに、どうか勇気を出して、照れくさいのを辛抱して、素直に感謝の心を、あなたのその御声で、「ありがとう」と、言葉にしましょう。「ありがとうございます」の言葉の真意は「有得ないような奇跡の存在が、現に今此処に居らっしゃる」という実に深い深い真言(マントラ)言霊です。たとえ棒読みのような形だけでも効果絶大なのです。

 





6.生きている親への最高の孝養とは(鏡の法則)




近年「鏡の法則」という本がベストセラーになりました。本の宣伝コピーは「読んだ人の9割が涙した! インターネットで爆発的にひろがっている、愛と感動の真実のストーリー。」ということで、そのあらすじは・・・・主婦・栄子は、息子がいじめにあっているのに悩んでいた。ひょんなキッカケから紹介を受けたコンサルタント矢口氏に相談したところ、『あなたが大事なお子さんを、人から責められて悩んでいるということは、あなたが、誰か感謝すべき人に感謝せずに、その人を責めて生きているからなんです』と告げられたそして、その解決策として伝授した方法とは『お父さんに感謝できること』と『お父さんにあやまりたいこと』の2つの紙に書き留めたことを、棒読みのような形だけでいいから、電話で読んで伝えるだけでOKです。と、言われたとおり実践した栄子さんのお父さんに何が起こったか?・・・・・・受話器の向うで号泣して泣き崩れています。あの厳しかったガンコ親父が・・・そしてこの瞬間から栄子さん自身と、栄子さんを取り巻く家族の運命がガラッと変わります。親子関係、夫婦関係がみるみる改善されます。夫婦、親子、兄弟、親戚、友人とどんどん良質な人間関係が拡充していきます。実はこの話には私自身も体験があります。

 



7.実体験から


私、法喜も幼い頃、両親が離婚しまして、母子家庭として女手一つで育ててくれました。父と生き別れて実に35年の歳月がたっていたある日、「神奈川県の相模原市という所に住んでいて、今、病院に入院している」と役所の方が、ご親切に調べに調べてご連絡くださいました。35年も経ていますので、今更、母と私たち兄弟を捨てた父に会う気にもなれませんでした。





しかし妻はこれは何かの縁であなたが親孝行できる最後のチャンスになるから、今すぐ会いに行こうと勧めてくれました。妻の誠意ある志に感動していくことになり、会えました。35年ぶりの再会です。私は仏教徒ですから、恨み、つらみより「まずは、親への報恩感謝を先としよう」と思い次のように言いました。「お父さん。私はあなたの下に生れて、今、こんなに幸福に暮らしております。これはすべて、あなたが居たお陰です。本当に心から感謝しております。ありがとうございます。」と、

 



棒読みだったかも知れませんが、ゆっくりと、かみ締めるように申し上げました。すると、やはり鏡の法則通り、彼は号泣とまではいかなくとも、ポロポル大粒の涙を流しておりました。そして、安心したのかその一週間後に静かに他界しました。ギリギリ間に合いました。あの時、妻に背中を押されなかったら、私は親不孝者で終わりました。それでは仏教徒失格です。妻の救いには一生感謝しております。

 


8.亡くなった親への最高の孝養とは(追善回向)

では、残念ながら、もう既に亡くなられたご両親、ご先祖にはどんな親孝行が最高なのでしょうか?誰でもそうですが、してもらいたいことを、してくれるのが一番うれしいはずですよね。サプライズ・・・・的な。では、ご先祖様が我ら子孫にして欲しいこと、望むことって一体何でしょうか?・・・・・

 



では、そのヒントになる質問をひとつ。一度観点を換えて、逆にもしあなたが「親」なら「子」に何をして欲しいですか?・・・・・

 

当然、「本当の幸せになって欲しい」ですよね。ご先祖様も同じです。「子々孫々、本当に毎日、楽しく、幸せであってくれよー」と願っておられます。ですから、私たち子孫が現実に幸福になって、次の言葉をかけてあげる。そのこと自体が、最大のご供養になります。

 


「お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、


そしてご先祖様。私はあなた方の下に生れて、


今、こんなに幸福に暮らしております。


すべてはあなた方が居られたお陰です。


本当に心から感謝しております。


ありがとうございます。」








これが正しい先祖供養です。どうですか?全然、オカルト的ではないでしょう? だれでも昨日は子孫と呼ばれてましたが、必ず明日は先祖と呼ばれます。子どもから言われて、本当に嬉しい言葉をかけてもらう事が最大のご供養です。反対に、子供が辛そうに毎日涙を流していたら、親としてとても心痛ですよね。できたらかわってあげたい・・・というような悲しい気持ちになります。しかもどうすることもできません。励ましの声もかけてあげられない。寄り添って肩を抱いてあげることもできません。ただ心配そうにたたずむだけです。

 

 

ですから私たちは「絶対、この世で崩れることの無い、無条件の真の幸せな境涯」になって、ご先祖様に元気で、明るくご報告できるようでなくてはなりません。ご先祖様に、心配かけまいとして無理に、カラ元気をだしてツクリ笑顔を繕っても、子孫の心の中の隅々の、細かい悲しみまでも、全てお見通しです。それはなぜか。死者は身体は不自由ですが、心は自在です。たとえば「千の風になって」の歌にもあるように自在に遍満していけるのです。

 


9.心と身体

逆に我々、いきとしいけるものは身体は自由ですが、心は不自由です。(これは正確に言いますと、自分勝手に自分の限界を設けて、自分は不自由だと固く信じて、凝り固まっているだけなのですが・・・その夢を覚まされたのが仏陀、その人なのです)

 

先祖供養は先祖代々に対する追善供養の略です。追善とは、善事をあとから追って営むことです。自分の仏道修行による功徳を、亡きご先祖様に差し向けるものです。このように自分の修した功徳を他にふりむけることを「回向」といいます。「差し向ける」、「回す」からには先に回せるだけの功徳が必要です。さて、一体どのようにして回せるがけの功徳を積むのでしょうか。

 



10.施餓鬼供養の由来

お釈迦様のお弟子の中にあって十大弟子に名を連ね。「神通力第一」と詠われた目連尊者はお母さんが死んで餓鬼道に堕ちて飢えて苦しんでいるのが見えました。神通力第一ですからそれが見えたわけです。お母さんは「食い物おくれ、食い物おくれ」と目連尊者にせがみます。目連尊者はすぐ食事を用意してお母さんに茶碗を渡したその瞬間、飯が炎となってお母さんを焼きます。お母さんは「水、水」と叫び転げまわります。




目連尊者は慌てて桶で水を汲みお母さんにかけます。と、その瞬間まるで水は油になったように炎の勢いが何十倍にも倍増します。これじゃ救うどころか、いっそう苦しめています。結局、神通力第一の聖者、目連尊者は手も足も出ず、お母さんを助けることができませんでした。泣く泣く教団に帰って、お釈迦様に このことをご相談されて、解決策を頂き、目連尊者のお母さんの餓鬼道の苦は一旦、免れました。その後、お釈迦様の究極の教え(法華経)を信じ、修めて目連尊者ご自身が成仏を果たされた。その時、同時にお母さんも成仏されたのです。

 





あらゆる修行を修めて、誰もが尊敬するお釈迦様の十大弟子ですら、自分の力で、たった一人の母親を救うことは難しいのです。しかし、仏様の究極の教え=法華経を信じて、修行する事に因って、仏様と同じ境涯に生きながら到達します。つまり、どんな困難にも右往左往されない、強く、静かな、澄んだ命、絶対、崩れることのない、無条件の真の幸せな境涯に法華経の信仰を貫くことにより到達できうるというわけです。現に仏様、お釈迦様は久遠の昔、法華経を修行されて仏様に成られました。






11.法華経の教え


法華経は究極の教え、生きる喜び、生きる意味、命の尊厳、精神と肉体、生命と環境、有と無の真理の全てを包含し、一つ残さず網羅しています。全ての人生への疑問はウソのように晴れ渡ります。あんなにいろんなことで悩んでいた、過去の自分を振り返ると、何だか、おかしくて笑えます。

 






本日、私は皆様のご先祖様の代弁者です。それ故に 今此処で、一期一会の大切なお話を、ご先祖様のご遺言として、披露させていただいております。この法華経の正しい信心によって、皆様方各位が生きながらにして、仏様のお悟りに達成していただくことに因って、ご先祖様も同時に仏様の境涯に至ります。正しい信心をして、仏様の境涯を実証せられ、混沌とした暗雲立ち込め、不安に恐れおののき、あえぎ苦しんでいる、世界中の大勢の人々を、どうかご先祖様と共に、救済してください。世界を助けて下さい。これがご先祖様からのご伝言です。

 

 

 

さて、この究極の法華経を正しく修行するにはどうすればよいか?答えから申し上げます。菩提寺に縁することです。仏様の境涯の彼の岸に渡してくれる船に乗るべきです。船には船頭がいます。御住職様です。彼の岸へ最短距離で安全にお運びいただけます。まずは一度、試しにひやかしで、行ってみてください。言葉では表現できません。肌で体感して下さい。きっと「あっ」と驚きます。なぜなら、参詣している御信徒方の顔、目、姿勢、キラキラ輝いています。明日はお彼岸会で「正式な先祖供養」を大勢の人が行っています。見学も御法話拝聴も無料です。ご希望の方は、「正式な先祖供養」も行えます。目からウロコがボロボロ落ちます。価値観がゴロッと変わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



ポイント

 

※  お住まいの近所に日蓮正宗のお寺がありますので、検索しておたずねください。





<参考資料>

仏説父母恩重経「父母十恩徳」






善男子・善女人よ、父母に十種の恩徳がある。

 

第一 懐胎守護(かいたいしゅご)の恩
懐妊中、母はお腹の子を思い、身も心もくだいてお守りくださる恩である。

第二 臨産受苦(りんさんじゅく)の恩
母は子の出産の時、陣痛の苦しみに耐え忍び、我が子をお守りくださる恩である。

第三 生子忘憂(しょうしぼういう)の恩
出産し赤子の顔を見るときは心身の苦しみを忘れ、お喜びくださる恩である。

第四 乳哺養育(にゅうほよういく)の恩
自らの血液、180石もの母乳を与え、養育してくださる恩である。

第五 廻乾就湿(えけんじゅしつ)の恩
母は汚れた所に寝て、乾いた所へ我が子を寝かせてくださる恩である。

第六 洗濯不浄(せんかんふじょう)の恩
子が排泄した不浄物を、洗い浄めてくださる恩である。

第七 嚥苦吐甘(えんくとかん)の恩
自らはまずい食物を口にして、子にはおいしい食物をくださる恩である。

第八 為道悪業(いぞうあくごう)の恩
子供に代って、地獄におちても子の幸せを念じてくださる恩である。

第九 遠行憶念(おんぎょうおくねん)の恩
親を離れて子が旅をするとき、我が子の無事を念じてくださる恩。

第十 究竟憐愍(くぎょうれんみん)の恩
父母は我が身に代えて子を守り、死んだ後もお守りくださる恩である。

善男子善女人よ、父母の恩、重きこと天に極まりがないほど広大なものである。

 

 

 

ポイント

  • その他、いろんな角度からご理解を深めて戴く為に多数、資料・パンフレットをご用意しておりますので、ご興味ある方は是非、お気軽にお申し出下さい

 

 

※    日蓮正宗の塔婆供養について

    

 五輪の塔婆は、角や丸の形を積み重ねて一つの体を表すもので、下から方形(四角)・円形・三角形・半円形・如意宝珠の順序で組み立てるのが基本的な形です。これは地水火風空の五大を表します。すなわち、方形は地輪、円形は水輪、三角形は火輪、半円形は風輪、如意宝珠は空輸です。一番下の地輪は地面を意味し、次の水は地面の上に溜まるので地の上となり、火は水より高く空中に昇る性質があるので水輪の上、風は火よりも上に昇ることができるので火輪の上、空は最も上にあるので一番上に置かれます。この五大(五輪)は妙法蓮華経の五字を現します。また、この五大は妙法蓮華経の仏の身体を表現したものであり、頭は妙、喉は法り、胸は蓮、胎は華、足は経。と我々の身体もまたこの妙法蓮華経の五字に配されるのです。塔婆は、表に「妙法蓮華経」のお題目を書き、その下に「此中已有。如来全身」(此の中には、已に如来の全身有す)」というお経文を書きます。これは塔婆が妙法蓮華経の仏の体であることを表します。









そして、そこに故人の戒名や名前を書き入れることによって、成仏の境界を現すのです。法華経が存在するところには七宝の塔を建立すべきこと、法華経の中にこそ如来の全身が存在することを示しています。塔婆を建てるのは、建立する人の信心と追善の願力とによって、亡くなった人を妙法に照らされた仏身として現すもので、御本尊を通じて題目を供養するゆえに、その功力によって亡き魂も、また回向する人も大功徳を受けるのです。塔婆供養は自ら題目を唱えることのできない亡者や非情の草木を、日蓮大聖人の御本尊の御威光と題目の力によって成仏させるものなのです。








 
多くの塔を建立して寿命を延ばしたことがお経に説かれています。塔婆の功徳によって過去の父母が成仏することはもちろん、建立主やその妻子も現世において寿命を長らえることを御教示です。父母や先祖に対して真の孝養を尽くしたいのであれば、私たちはまず第一に日蓮大聖人の御本尊を信じ、一生懸命に信心修行して功徳を積み、その功徳善根をもって亡くなった人に塔婆回向をすることが肝要です。日蓮正宗においては常盆・常彼岸と言われます。毎日の生活の中に報恩の心、追善の気持ちを忘れることなく、正しい塔婆供養の意義を理解して、故人の成仏をご祈念いたしましょう。

 

 

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