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防潮堤の考え方

ライターさん(最終更新日時:2014/3/8)投稿日:

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 防潮堤を高くして命や町を津波からまもろうとするという発想には限界がある。また同様に、高台移転で対応するという考え方も同様である。津波から身を守る原則は逃げることであると思う。重要なことは、被害をゼロに再現なく近づけようとすると、費用や日常の不便も無限に発散することである。つまり、我々は有限の命と有限の危険とを甘受しなければならない存在であることを知るべきである。危険を無限に小さくするという発想、命の価値は無限大であるとする発想、それ自体に無知の根源がある。

 宮城県で、10mの防潮堤建設に反対する運動が、ウエークで放送されていた。宮城県知事は、住民の意見を優先せず、自分の利権を優先する考えのようである。10mの防潮堤は、日常の生活を非常に不便にし、観光客を遠ざけてその地区を無人化してしまう。その膨大な経費は負債として残る例を見せても、政治を担当するものからは土建屋思想の動揺は見られない。防潮堤の高さを10mにしても、数十年、数百年に一度の災害が小さくすることは出来るが、ゼロには出来ない上、日常の生活を破壊することになりかねない。被害のトータルは時間積分で考えなければならない。直感力のない文系政治家どもを説得することなど出来はしない。

(補足)何故、社会の上層に上記のような無能な人が大量に居るのか?それは、教育制度に欠陥があるからである。現在の日本では、大学入試を最終目標に設定することが、最善の出世の道である。それは、大学教育が非常に貧弱だからであり、大学教官は非常に楽な商売をしていることを意味している。

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