アポロ月着陸船は貧弱すぎる!?
アポロの有人月面着陸を捏造と考える人から、アポロ月着陸船が離陸して軌道に乗るには貧弱すぎるのではないか?という意見を聞きます。
もっともな疑問だと思います。私も子供の頃疑問に思いました。何せ、地球から飛び立つときはあんなバカでかいロケットを使うのに、月から飛び立つのはほんの数メートルのモジュールです。月の重力が6分の1とはいえ、飛び立てるものなのか疑問に思うのは無理ないでしょう。
しかし、何事も素人の感覚というものはあてになりません。それはこれまでの科学の歴史が示しています。
では、果たしてアポロ月着陸船が月から飛び立ち軌道に乗ることができるのか、可能な限り客観的に数字を用いて検証してみようと思います。
アポロ月着陸船のスペック
アポロ月着陸船は下降段と上昇段で構成されており、帰還する際は下降段を発射台にして上昇段のみが月から飛び立ちます。まず、公表されているアポロ月着陸船の上昇段のスペックをwikipediaで確認してみましょう。
質量(燃料満タン時):4,670[kg]
推進剤質量:2,353[kg]
推進剤:四酸化二窒素/エアロジン-50
推力:15.57[kN]
比推力:3,050[N.s/kg]
(※APSが上昇推進システム、propellant massが推進剤質量、Specific impulseが比推力です。)
比推力とは推進剤の燃焼効率の指標で、1[kg]の推進剤を使用する間に1[N]の力を発生させられる時間のことです。この指標に関しては燃料と酸化剤の種類が決まれば概ね定数として扱うことができます。
その証拠に、着陸船と同種の推進剤(エアロジン-50、四酸化二窒素)を使用していたエンジン、AJ-10シリーズやLR-91-5などのスペックを見ても概ね2,600~3,200[N.s/kg]くらいの比推力になっています。
スペックの信憑性
wikipediaの表記に疑いを抱く人も中にはいますから、このスペックの信憑性について考えてみたいと思います。
AJ-10系のエンジンはエアロジェット社が開発したもので、宇宙開発の歴史上最も成功した非常に信頼性の高いエンジンです。今でもその技術はスペースシャトルなど様々な推進システムの基礎となっており、日本においてもIHI(旧石川島播磨重工業)がエアロジェット社からライセンス許諾を受けて開発したAJ-10-118FJ、AJ-10-118FJIが、N-IIロケットの二段目として採用され、気象衛星や放送衛星などの打ち上げに使用されました。
もし、スペックに嘘があるとしたら、N-IIロケットを軌道に乗せることができなかったわけですから、現在のJAXAやIHIなども一緒に嘘をついていることになります。これは考えにくいことです。
したがって、ほぼ理論通りのスペックとなっているwikipediaの表記に誤りがないと見てよいでしょう。
必要推進剤質量を算定
このスペック表の数値から必要推進剤質量を計算します。それにはツィオルコフスキーのロケット方程式を用いて、必要燃焼時間を求める必要があります。
推進剤消費率は推力と比推力から求め、最終速度は月の周回軌道に乗る速度ですから、実際にランデブーしたと言われる高度80[km]を円運動するための速度を使用します。
ロケット方程式:(M0-mt)/M0 = exp(-V/Isp)
初期質量:M0[kg] = 4,670[kg]
推進剤消費率:m[kg/s] = (15.57×10^3[N])/3,050[N.s/kg] ≒ 5.105[kg/s]
燃焼時間:t[s]
比推力:Isp = 3,050[N.s/kg]
最終速度:V = √GM/r ≒ 1.643[km/s] (G:万有引力定数、M:月の質量、r:回転半径)
数値をロケット方程式に代入してtについて解くと t ≒ 373[s]となります。
これは高度を考慮しない燃焼時間ですから、軌道に乗った時の位置エネルギーと運動エネルギーを用いて、高度を考慮した燃焼時間に換算します。
運動エネルギー:F1 = 0.5×(M0-mt)×V^2
位置エネルギー:F2 = (M0-mt)×g×h
373[s]×(F1+F2)÷F1 ≒ 409[s]
よって、必要燃焼時間は約409秒となり、推進剤消費率が5.105[kg/s]なので、必要推進剤重量は約2,090[kg]となります。
スペック表の推進剤質量2,353[kg]ですので、余裕を持って軌道に乗れることが分かります。
タンクのサイズを算定
上記の計算によりスペック表の推進剤質量があれば余裕を持って軌道速度を出せることがわかりました。今度はスペック表の推進剤質量を収納するスペースについて考えます。
まず、着陸船の図面を見てみましょう。PROPELLANT FUEL TANK (A/S)、PROPELLANT OXIDIZER TANK (A/S)がほぼ同じ大きさで1つずつあります。(※FUELは燃料でOXIDIZERは酸化剤、A/Sは上昇段のことです。)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4f/Lunar_Module_Equipment_Locations_1_of_2.jpg
エアロジン-50と四酸化二窒素はほぼ体積比1:1で反応しますが、両者の密度が違います。タンクの配置が左右非対称になっているのはそのためです。
エアロジン-50の密度は約0.888[g/cm^3]、四酸化二窒素の密度は約1.443[g/cm^3]なので、2,353[kg]を1:1の体積比で按分すると、エアロジン-50が約896[kg]、四酸化二窒素が約1,457[kg]、タンクの容積がそれぞれ約1,010[リットル]必要となります。
したがってタンクの内径は約124[cm]ということになります。
エンジンのサイズを検証
次にスペック表の推力を実現した場合のエンジンの大きさを検証します。月着陸船の上昇段に使用されたエンジンは現在ではRS-18と呼称されており、下記がそのスペックです。
下記の一番右がRS-18です。
比推力:310[s] (3,038[N.s/kg])
ノズル直径:34[inch] (0.8636[m])
検証方法は多少大雑把ではありますが、スペースシャトル軌道制御システムのAJ-10-190エンジンのスペックを元に、推力の比によっておおよその大きさを推定し、スペック表のサイズと比較する方法によります。
スペースシャトルなら何度も何度も宇宙に行ってますし、上でも述べた通り、かつてIHIがライセンス許諾を受けたAJ-10系エンジンですからスペックの信憑性も高いです。
メインエンジンの斜め上に左右1つずつ付いている少し小さめのエンジンがAJ-10-190です。
下記がAJ-10-190のスペックとサイズです。
推力:6,000[lbf] (26.69[kN])
比推力:313.2[s] (3,069[N.s/kg])
ノズル直径:43.09[inch] (1.0945[m])
比推力が同一であれば排気速度も同一となるため、推力はノズルの面積比に比例します。AJ-10-190の方がやや比推力が高いですが、誤差は1%程度なので、比推力は同一とみなしてノズル直径を推力の平方根で換算します。
1.0945[m]×√15.57[kN]/√26.69[kN] ≒ 0.8360[m]
よって、RS-18の推力からノズル直径は0.8360[m]と推定され、スペック表の0.8636[m]とおおよそ一致しました。
概略図と図面で検証
では、スペック表のサイズを概略図と図面で比較してみましょう。
推進剤タンク:内径124[cm]×2
エンジン:ノズル直径86.36[cm]
いかがでしょうか? 青が人間、赤が推進剤タンク、緑がエンジンです。概略図と図面には詳細なサイズの表記がありませんが、人間の大きさ(180cm)と比較してもスペック表のサイズが上昇段の中にきちんと収まっていることが確認できます。
スペック通りなら十分!
このようにきちんと計算すると、アポロ月着陸船が月面から飛び立ち周回軌道に乗ることは十分可能であるということが分かります。
やはり感覚というものはあてになりませんね。





