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教育勅語に関する問題点

ライターさん(最終更新日時:2017/4/2)投稿日:

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 教育に関スル勅語(教育勅語)とは、明治時代に天皇が勅語として発布(1890年(明治23年)10月30日)した学校教育の基本方針。戦後、新たに教育基本法が施行されたこともあり、日本国憲法(1947年(昭和22年)5月3日に施行)第98条に基づき勅語(教育勅語)の法規性は失効、1948年6月19日には廃止が決議された。


 主権在君を理念とする教育勅語は、主権在民の現代日本の法制理念と相違する思考ではあるが、基本的には道徳であるか法制であるかの思考次元の相違とも考えられ、教育勅語は道徳として解釈する限りはそう大きく反社会的であるとも考えられない。それが法制や近代日本史に詳しくない、又は近代日本史を直視したくない懐古主義的な新保守層には魅力的なリソースと感じられるのであろう。


 要するに、教育勅語はその言わんとする内容(学校教育の基本方針)よりも、その発布者(明治天皇)という権威が有り難いと言える。学校教育の基本方針に懐古主義的な新保守層の思想を反映するのに役立つお墨付きとなり得る。形式的には失効していようが、道徳として持ち出すことで天皇の権威を容易に利用することが出来る。


 教育勅語の内容自体は道徳的なものに過ぎないので、何も道徳心向上の為だけに教育勅語に依存する必要性はない。教育勅語に代わる教育基本法の存在を蔑ろにすることに懐古主義的な新保守層の真意がある。彼らの真意は教育の政治利用であり、天皇の権威を利用して己らの政治目的実現であろう。


 本当に教育勅語の内容を推奨したいだけなら、自分の言葉で伝えるということも可能と言える。道徳を説くのに天皇の権威に縋る必要はない。道徳はそれだけではない。要するに、そう出来ないのは、自分たちの言葉にしてしまうと権威も何も無いからであろう。別に彼らには子供達に説きたい道徳などない。単に権威を利用たいだけなのであろう。


発布者の天皇陛下はどう思われていることであろうか。むろん、当時は良かれと思われて発布されたものであろうが、時代を経てみれば俗に言う俺つえー的な主権在君な論調で書いた黒歴史的な作文となるのであろうか・・・


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