ここから本文です

この知恵ノートを「知恵コレクション」に追加しました。

追加した知恵ノートはMy知恵袋の「知恵コレクション」ページで確認できます。

知恵コレクション」に登録済みです。

再登録しました。

追加に失敗しました。

ノートに戻り、もう一度やり直してください。

すでに1,000件のノートが登録されています。

新しく追加したい場合は、My知恵袋の「知恵コレクション」ページで登録されているノートを削除してください。

追加できませんでした。

ノートは削除されました。

主人公への「感情移入」とは?ギャルゲー(あるいは乙女ゲー)やエロゲーで主人公の「目」や「声」を想像できるだけで、本当に「感情移入しやすい」ことになるのか?

ライターさん(最終更新日時:2013/2/24)投稿日:

  • ナイス!:

    14

  • 閲覧数:31853

印刷用のページを表示する

ギャルゲーやエロゲーだけでなく、RPGなどでも「主人公に感情移入できなかった」という感想はネット上で本当によく見かけます。でも本当にそれは「感情移入」なのでしょうか?よく考えてみる必要があるし、ギャルゲーやエロゲー入門者の方には是非考えてみて欲しいです。

辞書に記載された「感情移入」の本当の意味は?

他人の身振りや表情、あるいは芸術作品などの人間の諸表出や自然現象を把握するとき、自己の内的感情を対象の側に移入し、それが対象に帰属するものとして体験する心的活動

<例文>
寒い冬に一匹の渡り鳥が川の岩場に止まっていた。それを見た一人の女性が、「ああ、あなたも一人で寂しくて、寒い思いをしているのね。」感情移入する

この例文では、女性自身が寂しくて寒い思いをしてるから、その内的感情勝手に鳥に投射(移入)してるだけです。
この鳥にとっては、寒さが心地いいかもしれない。一人(一羽)なのを自由で、すがすがしく感じてるかもしれない。なのにこの女性が勝手に、自分と同じように「寂しくて寒い」のだ思い込んでるだけなのです。
この例文から分かることは、「感情移入」とは、ざっくばらんに言えば「対象の心理を自分の都合のいいように理解する」ってこと。分の勝手な理解…「彼は今こういう気持ちなんだ」という理解が、対象に帰属するものとして思い込むということ。その勝手な理解も、自分の内的感情をもとにしてるわけだから、要するに「自己投影」です。
つまり、「自分の内的感情を投射する余地」がなければ、本当の意味での「感情移入」は成立しません。「本当の感情移入」ができるのは、この渡り鳥のような動物や、植物や、絵画に描かれている人物など、「物言わぬ感情語らぬ存在」ということになります。


ゲームにおいて「本当の感情移入」ができる主人公とは?(RPG編)

真っ先に言えるのは「ドラゴンクエスト」シリーズの主人公です。このゲームの主人公はセリフがなく、「物言わぬ感情語らぬ存在」です。ゲームやらない人は「主人公が喋らなくて会話が成立するのか?」と思うかもしれませんが、そこは問題じゃなかったんです。
RPGはもともと「プレイヤーが主人公となって冒険を楽しむ」と言われるジャンルでありました。それはまさに「本当の意味での感情移入」をすることで主人公になりきってくれという、製作側の配慮でした。会話で主人公はどういう感情になって、どういうセリフを返したのか、全部自由に想像できたんです。「勝手に想像したことを対象(主人公)に投射」できれば、それはもう「自己投影」なのです。だから主人公になりきれたんです。
確かに、今のJRPGやノベル形式のギャルゲーのように、主人公と他のキャラの間での濃厚な会話は楽しめませんが、むしろそれは必要のないものでした。主人公の性格が決められベラベラ喋ってしまっては、プレイヤーはただの「モニターの外からの鑑賞者」になってしまい、それでは「主人公となって冒険」は楽しめません。

本当の感情移入ができるRPGの例

真・女神転生シリーズ・・・主人公はセリフ一切なしで、選択肢だけです。「はい」「いいえ」の選択肢だって、まんま「はい」「いいえ」と言ったわけではなく、何らかのセリフで言ったはずであり、そのセリフ内容を自由に想像できる

グローランサーシリーズ(Ⅱを除く)・・・主人公はセリフ一切なし、代わりに膨大な量の選択肢が用意され、選んだ選択肢で性格が変化し、選べない選択肢が発生してくる。選択肢自体もセリフより「優しく慰める」などの「動詞」が多い。これにより、「どんな言葉を使ってどんな気持ちでどんな風に慰めたのか」を全部自由に想像して投射できる。これこそ「本当の感情移入」であり、「なりきれる」ことに等しかった。


JRPGや、アニメ・映画・TVドラマなどでの主人公への感情移入

ファイナルファンタジーは「4」以降は主人公も一人の登場人物としてセリフを喋り、プレイヤーはドラマを鑑賞するようにプレイすることになりました。ドラクエが「プレイヤーが主人公になりきって冒険を楽しむRPG」を守り続ける一方で、FFのような「客観的にドラマを楽しむRPG」も生み出されヒットしていきました。
それらの主人公は「一人のキャラクター(物語の主役)」として描かれ、当然セリフも喋ります。だから、「どんなセリフを言ったか」まで想像できる余地はありませんが、「感情」なら想像する余地はあります。もちろんセリフだけでも感情は伝わってきますが、具体的に描写はされません。独り言や心の中のセリフで描写するシーンもあるでしょうが、ノベルゲーのように「俺は~と思った。」と慢性的に語ってきたりはしません。
アニメ・映画・TVドラマなど映像作品も同様です。こちらは「文章で表現できない」ので、必然的にセリフのみになります。たまに、主人公の心の中のセリフを聴かせる手法もありますが、これも必要な時だけです。

ですからこれらの娯楽の場合、「彼(彼女)はこんな気持ちでこのセリフを言ったんだな」ということくらいは、自由に想像して投射できる余地があります。主人公のセリフ内容から想像できる主人公の感情に「共感」さえできれば、主人公と自分の感情がつながった気持ちがして、その結果「主人公との一体感」が得られ、「主人公に感情移入できた」という感想をもたらすものだと思われます。

ほとんど場合、「感情移入」とはそういった意味合いで使われます。「主人公に共感できた」から「感情移入できた」。「主人公が魅力的で惹かれた」から「感情移入できた」。「感情移入」を辞書の正確な意味でのみ使ってる人なんて、ほとんどいないと思います。

でも、これは「擬似的な感情移入」であって、「本当の感情移入」ではないことは、しっかりと分別して理解していただきたいです。RPGやギャルゲーのプレイヤーがどちらの感情移入を求めているのかは人それぞれでしょうし、どちらが多いかなどは問題にはしたくありません。


ギャルゲー・エロゲー(恋愛SLG)の感情移入

RPGと違い、恋愛ゲームで主人公を「物言わぬ感情語らぬ存在」にすることは非常に困難です。ギャルゲーはRPGのように冒険や戦闘を楽しむことが主ではなく、恋愛を楽しむことが主です。恋愛とは要するに異性とのコミュニケーションです。コミュニケーションを表現する上で、片方(主人公=プレイヤー)のセリフ一切なしで表現するには、相当にゲームシステムを工夫しなければなりません。

結論から言えば、主人公が「物言わぬ感情語らぬ存在」として徹底していて「本当の感情移入」が可能なのは、前述したギャルゲーRPGである「グローランサー」シリーズと、「みつめてナイト」くらいしか該当しないと思います。
「ときメモ」シリーズや「ラブプラス」シリーズは若干セリフがありますが、コナミの恋愛SLGは「プレイヤー自身が主人公となって恋愛“自体”を楽しむ」というコンセプトの作品ですので、多少は気になりません。名前も変更でき、音声で呼んでくれるし、「俺」「僕」も変更できるのですから。

他にサクラ大戦シリーズや、セガサターンに移植されたエロゲーの数々(当時は主にナンパSLGが多かった)など、「プレイヤーが主人公となって~」という作品紹介文をパッケージ裏や説明書に堂々と記載したギャルゲーは、昔はたくさんありました。
実際は主人公は一人のキャラクターとして描かれており、「本当の感情移入」はできません。それでもなぜそのように記述できたかというと、

「主人公を操作する機会(誰に会いに行くかや選択肢)が多いので、自分の思い通りに主人公を操作できるから一体になれる」

「恋愛に対する能動性で一心同体になれる」

という理由があったからだと思います。ヒロインを攻略するためにやることがたくさんあったし、何より、お目当ての子を「オトす」ことがゲーム目的だったので「あの子のハートをゲットするぜ!」という感情で一体になれました。どうすれば「好感度」が上がるのかを考え、主人公を操作してそのための言動・行動を取らせることができました。エロゲから移植されたナンパSLGではハイテンションでバカっぽい主人公が多かったですが、「恋愛しよう」という能動的な気持ち部分での一体感は揺るがなかったので、全然許容できました。
ノベルADVでは大抵主人公は恋愛に対し受動的で、ヒロインに好かれてるのに勝手に鈍感な態度を取ったりします。そのようなイライラはほとんどありませんでした。


「擬似的な感情移入」には、「気持ち」部分でつながったような一体感を得ることが必要です。上記の恋愛SLGでは、今で言う「リア充」気分をせめてゲームの中で味わいたくてギャルゲーを始めた人にとっては、単純にその一体感が極めて得やすかったと言えます。「好感度を上げてオトす」という目的が単純でしたから。

何を言いたかったかと言うと、「本当の感情移入」ができるギャルゲーは厳密には、主人公を「物言わぬ感情語らぬ存在」にしてもゲームとして成立させた「みつめてナイト」や「グローランサー」くらいだということ。そして、「擬似的な感情移入」をさせるために重要なのは、主人公を「目なし声なし」にするだけのような小手先の工夫などではなく、主人公と気持ち部分で一体化させることと、なるべく主人公を操作させることだと言うことです。


ノベルタイプのギャルゲー・エロゲーの感情移入

結論から言えば、「本当の感情移入」は全滅です。ノベルタイプでは主人公を「物言わぬ感情語らぬ存在」にできっこないですから当然ですね。
では「擬似的な感情移入」ではどうでしょうか?
セリフだけでなく、「俺は~と思った。」と主人公が感情を事細かに語ってくるということは、「感情移入」どころか「感情移出」です。
ですのでJRPGやアニメなどの映像作品と違って、「彼はこのシーンでこんな感情なんだな」と「細かい感情を想像する余地」まで奪われてしまっており、もうひたすら主人公側から「移出」される感情を受け入れ、共感できるかにかかってます

そりゃ共感できればいいでしょう。普通に「主人公と気持ちがつながった感覚」が得られて、一体感を得られるでしょう。
でも残念ながら、ノベル形式ADVではその保障は一切ありません。ノベルADVでは好感度システムはほとんど廃絶され、多少の選択肢のフラグ立てで各ヒロインルートへの分岐が決定されるだけの仕様です。なおかつ、恋愛「自体」を楽しませるために作られているわけではなく、あくまでも恋愛「物語」を楽しませる作品です。シナリオライターが「物語」の演出方法として有効だと判断すれば、主人公はプレイヤーを置いてけぼりに好きに言動・行動をとります。
あくまでシナリオライターの脳内で構築された描写なので、主人公に共感できる確約は一切ないです。
共感できなくても、それでもなお何とか「主人公との一体感」を継続させたくて、主人公から移出される感情描写に自分の感情を合わせて同調しようとしたなら、それはもう「擬似的な感情移入」ですらなく、単なる「迎合」です。
決して安くはないお金を払って買ったギャルゲーは、できれば楽しんで満足したい。でも主人公にイラついて主人公との一体感がなくなってしまっては、他人(しかも不愉快な主人公)の恋愛を見せつけられるだけになってしまい、とても楽しんで満足できない。そういう心理に追い詰められた人が、何とか主人公を受け入れ好きになろうと、自分の本当の感情を殺しつつ主人公の感情に合わせようとする・・・そういう苦しい「迎合」でしかないと思います。


主人公の「目」や「声」をなしにすることで、本当に「感情移入」しやすくなるのか?

全く関係ありません。
「本当の感情移入」は、主人公の感情が克明に描かれプレイヤーに「移出」される「ノベルADV」というジャンルである時点で破綻しております。

「共感・好感」が前提の「擬似的な感情移入」も、主人公が「目なし声なし」であれば共感・好感を得やすくなると言うわけではありません。人によって考え方が大きく2つに分かれると思います。

A.主人公の性格が決められていて、ほとんど操作もできなくとも、せめて主人公の声や表情だけでも想像の中で自分の理想像の主人公に近づけることができれば、共感・好感を得やすい。

B.ノベルADVって時点で「主人公=プレイヤー」は破綻しているのだから、「せめて主人公の声や表情だけでも想像してね」などというその場しのぎのフォローを押しつけられるより、主人公がそのセリフを「どんな表情で」「どんな声・言い方で」言ったかを知ることで、主人公という「物語の主役キャラクター」の人間性…その魅力を、目と耳で感じたい。そのうえで共感できるかを判断したい。

のどちらが正しいとかではなく、個人個人の特性・趣味の問題です。
私はもっぱらです。「表情や声を想像する余地」があることが、悪いほうに作用する場合が多いからです。粗雑で態度の悪いセリフにイラッとすることが多いのですが、それはやはり悪いイメージで「表情」「声・言い方」を想像してしまいます。そして「この主人公気に食わない」ということになります。主人公に声(できればメッセージウィンドウ左に表情も)があったほうが、声優さんの魅力的な声と説得力ある演技によってイヤなイメージが吹き飛ぶことが多いです。
「自由に想像して投射(移入)する余地」があれば感情移入しやすいと書いてきたので、一見「表情」や「声」を想像できるほうが感情移入しやすいようですが、そんな表面的なことばかり「自由に想像できる余地」があっても、感情移入しやすいことにはなりません。対象の感情自体を自由に想像できなきゃ、「本当の感情移入」にならないのです。
そして、共感が前提の「擬似的な感情移入」も「声のあるなし」は関係ありません。単に相性の問題で、声があっても主人公が気に入れば「擬似的な感情移入」はできます。私見ですが、むしろ声や表情が分かって人間性がつかみやすい分、声がないより感情移入しやすいとも言えます。

確かに、想像して楽しむことが好きな人はいます。でも、真の意味で「想像して楽しむ」ことが好きな人は、主人公だけじゃなくヒロインの声すらOFFに設定します。ネット上で何人かそういう人と出会ってきました。

主人公だけボイスなしを望む人を悪く言ってるように思われるかもしれないけど、ハッキリ言わせてもらえば、主人公だけ「ボイスなし」を望み「感情移入しやすいから」などと理由付けする人って、単純に「主人公に声があったら完全に客観的な立ち場になってしまう」ことを嫌がってるだけで、「せめて主人公の声や表情だけでも想像する」ことを、自分と主人公の一体感を維持するための最後の砦にしているだけだと思います。
要するに、「主人公=プレイヤー」などとうに破綻したノベルADVにおいても、何とか「主人公=プレイヤー」の感覚で楽しみたいと願ってる人であり、でも「主人公になりきりたい」とか「主人公と一体になりたい」とか、そういう願望を露骨に表す表現を使いたくないので(ゲームの恋愛に逃避してるとか言われたくない、または自分でそう認めたくない等の理由で)、代わりに「感情移入」という表現を使っている以上のものを感じません。露骨に「主人公になりきりたい」とか言うより、「主人公に感情移入したい」と言ったほうがカッコがつきますから
つまり、「主人公に声があったら感情移入できない」と言う人は、「主人公に声があったら“主人公=自分”をイメージできなくなる」と言ってるのと同じだと思います。

そういう人は反論もあると思いますが、どこまでいけば「主人公=自分」願望を持ってることになるのか、「ゲームの恋愛に浸りたい」と思ってることになるのか、その線引きはいくらでも自由にできるし、個人個人の基準や線引きに責任は持てません。私の線引きからすれば、主人公だけボイスなしを望む時点で「主人公=自分」願望を持っていることと大差ないということです。
「主人公とヒロインが幸せになる物語を読めればいい」とか、「別にゲームの恋愛に浸りたいわけじゃない」とか、口先では自分の線引きを基準に何とでも言えますからね…。

強く書きましたが、そういう人を批判しているわけじゃありません。問題にしたいのは、あたかもみんながの考え方で、それに対応してやってるかのようにメーカーが「主人公のみボイスなし」を常識にしていることです。の人が無視されてることです。例え主人公フルボイスでも、主人公のみOFFに設定すればの人にも対応できるというのに。

結局のところ、この問題について問われることはほとんどないが、もし問われて制作側が「より主人公に感情移入していただくため」などと答えたら、それは都合のいい方便です。
「主人公=プレイヤー」がしっかり定義された恋愛SLG系のゲームで「主人公が目なし声なし」だったから、それだけを盗み、「目なし声なしにしてやったから、主人公になりきりたきゃ、表情や声を想像することでなりきってくれよ。でも、なりきれなくても責任は持てないよ。」という態度を続けてきた以上のものではないのです。


この知恵ノートで言いたかったこと

今回のノートの一番の目的は、ギャルゲー・エロゲーの入門者の方が「主人公の表情や声・言い方を想像し、自分の気持ちを主人公に合わせていくことが感情移入だ。」と、履き違えた認識をしてしまうのを防ぐことです。
私もそうでしたが、ギャルゲーやエロゲーに手を出すのは抵抗があるものです。私の場合は「プレイヤーが主人公」としっかり記述された恋愛SLG系ゲーム主体の時代だったので、「こういうゲームがある以上は、主人公になりきってゲームの恋愛に浸ってもいい」と思えましたが、それも記述されず一流ドラマ目指したノベルADV作品が主流の今は、初めての人は「主人公になりきりたいわけじゃない。感情移入できればいい。」と思いがちなのではないか、でも結局は主人公との一体感が欲しいから、声・言い方を想像するだけで一体感を得ようとすることを「感情移入」と考えてないか、そう思うところがありました。
そんな「感情移入」の解釈が定着すれば、今後はメディアもBD-ROMが主流になって容量的にも余裕で主人公フルボイスにできるようになるかもしれないのに、「声がないほうが感情移入しやすい」なんて理由で「主人公のみボイスなし」の慣習が続きそうです。

ノベル形式ADVは、「主人公になって恋愛を体験するゲーム娯楽」としては失格ジャンルですけど、「純粋に物語を鑑賞して楽しむ娯楽」としては最高のジャンルです。
漫画(絵による愛らしい表現)・アニメ(音声やBGM)・小説(文章による緻密な表現)のいいところを集めたような姿。さらに複数ヒロインのストーリーへ分岐するし、アニメのように30分12話までとか制限がなく、シナリオライターさんの気の済むまで長くできる(予算との兼ね合いはあるだろうけど)。
せっかくそんな理想的な娯楽なのに、物語の主役である主人公だけが「顔は見せない」「声は聴かせない」なんて状態が常識なんて、台無しにしています。

主人公はフィクション物語作品において最重要。主人公が魅力的だからこそ物語が面白い。なのに、「そのセリフをどんな表情でどんな声・言い方で言ったかが分からない」で、魅力が伝わるでしょうか?
主演だけ常に後姿で観客に顔を見せず、主演のセリフは垂れ幕で出して読ませる・・・そんな舞台が客を引きつけるでしょうか?それと同じことです。

それでも想像して自己投影したい人もいるのでしょうが、そんなことを望むのは個人の趣味のレベル。ON/OFF設定できればいいことなのに、「主人公の声」だけ想像することを強制し続けるのは、「より感情移入していただくため」なんてのは欺瞞に満ちた逃げ道の理由でしかなく、単に制作費が浮くことと、「主人公=プレイヤーを実現するつもりはないけど、ギャルゲー(エロゲ)として主人公=プレイヤーのニュアンスをわずかでも残しておいたほうがウケがよさそう」というセコい理由でしかないと思います。

ヌキゲーを含むエロゲー全てで主人公フルボイスには絶対ならんでしょうが、本当にシナリオで魅せる目的で作られた作品くらいは、フルボイスが普通になってもいい気がします。

まとめ

21世紀になったばかりの頃、すでに「恋愛SLGブーム」は下火で、逆にノベルADVがギャルゲー・エロゲーの代名詞になっていきました。
それでも、恋愛シミュレーションで「主人公=プレイヤー」を実現するために「主人公のみ、目なしボイスなし名前変更可」にするという慣習は、ノベルADVでもそのまま引き継がれたんです。作品によっては、パッケージ裏に「プレイヤーは主人公○○となり~」という、「プレイヤー=主人公」を示す記述もされていました。

それが、まずその「パッケージ裏の“主人公=プレイヤー”を示す記述」が消えてゆき、次に「主人公の名前変更可」が消えていき(今ではごく一部のエロゲーでのみ可能)、05年あたりからは「目無し」が消えていっております(今ではシナリオ重視作品ではほとんど目つき)。
これは、制作側も徐々に気づいていった証拠だと思います。ノベルADVは恋愛シミュレーションと違って、「主人公=プレイヤー」など成り立たないということを。ノベルADV黎明期こそ、同じ「ギャルゲー」として当時主流だった恋愛SLG系ゲームと同じように「主人公=プレイヤー」のニュアンスを示さないと評判悪そうだから、止むを得ず「主人公のみ目なしボイスなし名前変更可」をマネしなきゃならなかった部分もあると思いますし。

でも、その3つまでは制作側の意識転換で簡単に踏み切れるけど、最後の「主人公フルボイス」に踏み切るには、お金が必要になります。一番セリフ量の多い主人公声優さんへ払うギャラ、その膨大な量の音声ファイルを主人公のセリフテキストにあてていく作業による制作費の増加。
具体的にそれがどの位の額にのぼり、予算を深刻に圧迫するレベルなのかは分かりませんが、制作費を増やしても売り上げが増える見込みがないなら、わざわざする必要もないという考えになるのは当然です。

でもそういう問題ではなく、やっぱり「なぜ主人公だけ声がないのか」の説明責任も果たさずに、ただ単に「ギャルゲーの常識」「暗黙の了解」として定着し続けるのは、あまりにも惜しく感じます。
説明するとしたら、メーカーも、そして多くのユーザーも、「声がないほうが感情移入しやすいから」という理由に逃げるんじゃないかと思ったから、今回このノートで斬り込ませてもらいました。

邪推するに、メーカーにとってもユーザーにとっても、この問題についてあえて触れないほうがお互いにとって都合と心地がいいのではないかと思ってしまいます。
お互いに「ゲームの恋愛に逃避した(させた)」と思いたくない、あくまで「物語を楽しんだ(楽しませた)だけ」と主張したい、だけど何だかんだ言ってギャルゲーに手を出す人なんて欲望満たすためにやるのが本音だから、主人公にボイスがあると自分が完全に第三者になって面白くない、メーカーもボイスなしのほうが余計な制作費がかからない、けどお互いに「主人公ボイスなし」の理由として「ゲームの恋愛に逃避したい(させたい)」と思われるようなことは言いたくない、だから触れようともしない、触れるとしたら「感情移入しやすいから」と言う…。

ギャルゲーやらない人には「なぜ二次元キャラに恋できるのか分からない」と言う人もQ&Aで見かけます。でも、実際に「恋したい」などと言えるオタクは少数派であり、多くの人が「別に主人公になりきってるわけじゃない」「ゲームの恋愛に浸ってるわけじゃない」とか線引きしてるのではないか(また、そう言い訳できるのがノベルADVというジャンル)。
だから「主人公になって恋が出来る恋愛SLG」など露骨に望まないし、メーカーも作らない。よってビジュアルノベルなドラマ作品ばかり作るが、かといって主人公にボイスを入れて完全に「主人公≠プレイヤー」に踏み切る勇気もない、そんな中途半端な状態が10年ぐらい続いているのです。

需要さえあれば、スタッフは主人公フルボイスにしたかったのに業界の暗黙の了解にしぶしぶ従ってきたメーカーさんは、金かかってもしてくれるはず。共感してくれた方は、声を想像して楽しむことを義務に思わず、商品アンケートなどでフルボイス化を要望していっていただけたら幸いです。

このノートに関するQ&A

このノートに関するQ&Aは、まだありません。

このノートについて質問する

このノートについてライターの方に質問できます。

※ライターの方から必ず回答をいただけるとは限りません

※別ウィンドウで開きます

この知恵ノートのライター

グレード

グレード知恵ノートのグレード:1-3

sakurawars1941さん男性

知恵ノートは、敵意のないギャルゲーマー(エロゲーマー)の方...[続きを見る]

その他の知恵ノート(2件)
ノベル形式のギャルゲー・エロ...
一般的に感情移入とはどういっ...

ピックアップ

知っておきたい無線LANルーター...
知っておきたい無線LANルーターの知識と選び方iPod touchやPS...
iTunesカードの基礎知識
はじめにiTunesStoreやAppStoreの決済には通常クレジットカー...
これが基本! 金魚すくいの金魚...
これが基本!金魚すくいの金魚の飼い方、育て方 ~失敗しない...
本文はここまでです このページの先頭へ