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日本が参加した戦争を分かりやすく説明(第一次世界大戦編)

ライターさん(最終更新日時:2012/5/27)投稿日:

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日本が参加した戦争を分かりやすく?説明

注意

  • 学説は多々ありますので、一般的な説で説明します。
    分かりやすくするために、必要最小限の知識であることを理解しておいてください。
    また、「日本が参加した戦争を分かりやすく説明(日清戦争編)」「〃(日露戦争編)」の2つを先に読んでおいてくれると、分かりやすいかもしれません( ^^) _旦~~

Europe1914-jp.png

上の地図はWWⅠ(第一次世界大戦)の主戦場ヨーロッパの地図で、赤い国の陣営(同盟国)と白い国の陣営(協商国)に分かれて戦争しました。はい、そうなんです・・・主戦場はヨーロッパなんです。日本が参加したんじゃねぇのかよ!!って思うかもしれません。いや、参加しましたよ。でも、脇役なんです(笑) そもそもこれ書こうか迷ったぐらいですから(-_-;) でも書きます!!

さて、WWⅠを理解するためには当時のヨーロッパ情勢を知る必要があります。当時のヨーロッパ列強は2つに分けられます。1つはイギリスフランスのような強大な力を持っていた国、もう一つはドイツのような力を持ち始めた国です。前者のような国にとって、後者のような国は気に食わない存在です。そりゃ自分の利権が脅かされるおそれがありますぇからね。しかも、このドイツ帝国はヤバイです。どうヤバイかっていうと、皇帝がヴィルヘルム2世っていう人だったんですが、この人は軍拡しまくります。

ヴィ2<軍拡祭りじゃw陸軍増強しろ!!w
<テメェ、喧嘩売ってんのか??お??
ヴィ2<それ海軍も増強じゃ!!w
<テメェ、喧嘩売ってんのか??お??

こんな感じで周辺国との関係が悪化していました。それによって周辺国は対ドイツ包囲網を築き始めました。まずフランスロシア露仏同盟を結び、左右からドイツを圧迫し始めました。これにあせったドイツロシアをけしかけ、アジア進出をうながしますが、予想外にアジアの新興国である日本に追い出され(日露戦争)、戻ってきてしまいます。さらに悪いことにイギリスフランス英仏協商を結びました。さらにさらにイギリスロシア英露協商を結びます。露仏同盟英仏協商英露協商、これ全部がドイツ対策なので、合体します。そうしてできたのが、三国協商です。そうWWⅠの協商国の中心メンバーですね。


ちなみに協商と同盟って何が違うの?って思う人がいると思いますので説明しておくと、同盟の簡易版が協商って思ってくれていいです。例えると次のような感じです。

AB同盟の場合
A<B君、仲良くしような!!(B君は頼れるなぁ(*^_^*))
B<ああ、A君、協力しよう!!(A君キタ!これで勝つる)

AB協商の場合
A<B君、仲良くしような!!(コイツ、顔キメェwwwww)
B<ああ、A君、協力しよう!!(息臭ッ!!コイツの息臭えww)

こんな感じですかね。・・・・うん、こんな感じだw実際にイギリスフランスロシアも別の場所では争ったりしてます。
            
さて、三国協商ドイツは完全に包囲されてしまいました。しかし、ドイツも黙ってはいません。自分も他の国と協力して対抗しようとします。そこで目をつけたのが、同じく新興国であったオーストリアイタリアです。  この2国と同盟を結び、三国同盟を築き上げます。この三国同盟が後の同盟国陣営の中心メンバーですね。

こうしてヨーロッパに2大陣営が出来上がりました。はいはい、この2つの陣営がぶつかるのね、と思われるかもしれませんが、この時期のヨーロッパ情勢は本当に複雑です。実は戦争の直接原因となったのはこの2つの勢力ではないのです。もうね、意味わからんですよねw

そんな複雑な情勢を理解するためにバルカン半島に目を向けてみましょう。上の地図でオーストリアの南、ギリシャとかブルガリアがあるとこがバルカン半島です。この半島は別名「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていました。火薬庫って言われるほど国際問題だらけで、すぐに爆発、つまり戦争が起こるんです。特に民族問題が深刻でした。それが原因で起こったのがバルカン戦争(1912~13)という戦争でした。これ、説明が難しい(めんどくs・・・ゴホンw)ので結果だけ言いますと、セルビアという国が勝ちます。セルビアの国民はセルビア人です。この結果にニヤニヤした国とヤバイと思った国があります。前者がロシアで後者がオーストリアです。当時のオーストリアという国は多民族国家で、南のほうにはセルビア人が住んでいたのです。

セルビアセルビア万歳!!
<ヤバイなぁ・・・、南のセルビア人も騒ぎ出すかも・・・
セルビア<ちょ~といい??セルビア人の住んでる地域割譲してくんない??
<そ、そんなことできるわけないだろ!!
<いいぞ、セルビア!!もっとやれww

ロシア日本によってアジア進出が頓挫したので、この方面での影響力を強めようと考えていました。そこで、調子のいいセルビア人を支援することにしたのです。この民族問題は徐々に深刻化していきます。オーストリア国内で南のセルビア人を主とするスラヴ系住民と北のドイツ人を主とするゲルマン系住民との軋轢が高まってきます。ちなみにオーストリア政府はゲルマン系が支配していました。それと、セルビアがオーストリアに食って掛かった理由がもう一つ、ちょっと前にボスニア・ヘルツェゴビナという地域をオーストリアが併合していたことです。この地域は昔、セルビア人国家の首都があった場所で、日本で言えば、京都を併合されたようなものです。そのことに不満があったんですね(*_*)

さてさて、オーストリア分裂の危機です。このことに危機感を感じたオーストリアセルビアに皇太子を派遣します。フランツ・フェルディナンドという人物です。この人物は奥さんもスラヴ系の人で、スラヴ人との友好を願ってボスニア・ヘルツェゴビナに軍事視察の名目で出かけます。ところがです・・・
暴漢<死ねや!!
皇太子<ぎゃああああああ!!

なんと、皇太子が暗殺されてしまいます。これが有名なサラエヴォ事件です。犯人はスラヴ主義を信奉する プリンチフというスラヴ人でした。皇太子が殺されたんです、もうオーストリアは怒り心頭です!!

オーストリアセルビアふざけんなや!!ぶっ殺したる!!
セルビア<ああ??やるか、コラ??

こうして両国間で宣戦布告がされます。この戦争が世界規模に拡大していきます!!主な各国の反応は以下の通りです。

ロシア<俺はもちろんセルビアの味方ですよw
ドイツ< なに、俺のダチのオーストリア怒らせてんだ?? こら!!
フランスロシアと協商結んでますからw(ドイツ潰す!!)
イギリス< うわぁ・・・ややこしいw巻き込まれたくねぇww
イタリアオーストリアは同盟国だけど、フランスもそうなんだよなぁ
トルコロシアとなんか組めるかい!!(←ロシアに侵略された)
日本<何々??何の騒ぎ??(なんか遠くでやってるなぁ・・・)
ブルガリアセルビアにヨーグルトぶっかけてやる(バルカン戦争敗者)
アルバニアセルビアに付き合うよ(バルカン戦争勝者)
ギリシャセルビアに付き合うよ(バルカン戦争勝者)

こうして2つの陣営が確定しました!!
協商国フランス・ロシア・セルビア・アルバニア・ギリシャなど
同盟国ドイツ・オーストリア・トルコ・ブルガリア
この2つの陣営が激突します!! 

さて、皆さんお気づきでしょうか??協商国の主要国の狙いはオーストリアじゃありませんねw完全にドイツですねwドイツフランスロシアに挟まれていますので、二正面作戦をせざるを得ません。

シュリーフェン・プラン.png

上の地図はドイツの参謀総長(参謀のトップ)であったシュリーフェンが立てた二正面作戦「シュリーフェン・プラン」です。作戦内容は以下のようになっています。
・軍を2つに分ける
・片方の軍はフランスに侵攻させる
・片方の軍はロシアの侵攻を食い止めさせる(ロシアは広いからこっち来るまで時間かかるはず!!)
フランス軍をフルボッコにした後にロシアを食い止めている軍と合流させ、ロシア軍に反撃開始
ロシアをフルボッコにすれば、イギリスは孤立 、参戦できない!!
ドイツ万歳!!ドイツ万歳!!

まぁ、大体こんな感じです。さて、ドイツ軍はこの作戦を実行するべく行動を開始します。実際に対フランスの西部戦線と対ロシアの東部戦線を築きます。しかし、いきなりシュリーフェン・プランに問題が発生です。フランスが対ドイツの防御を固めてしまったのです。これにはシュリーフェンも困った。

シュ<ヤバイな、思った以上にフランスが固いぞ・・・どうしようか
    そうだ、ベルギー通れば奇襲できるじゃんww

はい、上の地図を見ましょう。フランスドイツに挟まれてベルギーがありますね。ドイツ軍はここを通ろうと考えたのです。しかし、ベルギー中立国でした。

ドイツベルギーよ、おたくんとこ通っていい??
ベルギー<いいわけないだろw中立国だっつのww
ドイツ<無理にでも通らせてもらうわw
ベルギー<おい!!ちょっと待てや!!

ドイツ軍ベルギーに侵入します。当然、ベルギーは起こって、協商国側として参戦します。しかし、ドイツ軍は強い!!ボッコボコにされてしまいます。これに怒ったのがイギリスでした。

イギリス<中立国攻めるとか調子乗りすぎだ!!前から気に食わなかったけど本格的に潰してやる!!
ドイツ<おお、来いや来いやww
日本<日英同盟あるから、俺も参戦するわw
ドイツ<お前、誰だよ!!

こうして、イギリス・日本協商国として参戦します。敵がどんどん増えますねw英仏連合軍ドイツ軍がフロンティアの戦いでぶつかりました。結果はドイツ軍が圧倒します。作戦通りうまくいくかと思ったら、 マルヌの戦いでフランス軍にぼろ負けしてしまいます。もう、シュリーフェン・プランが頓挫してしまいました。一方でロシア側の東部戦線はどうだったかというと、タンネンベルクの戦いでロシア軍を破り、順調でした。しかし、西部戦線が頓挫したため、この勝利の価値もグッと下がります。

しかも、なんと同盟を結んでいるはずのイタリア三国同盟を離脱し、協商側として参戦してきました。英仏は領土割譲をエサにイタリアと密約を取り付けていたのでした。

さらに協商国側は作戦として、ドイツの海上封鎖を実施します。海上封鎖されてしまうと貿易ができないので、ドイツ経済に大ダメージです。ヨーロッパは大変ですねぇ。あ、日本ですか??じゃあ日本は何してたかですよね??

日本ドイツが中国で租借していた青島という場所を攻め落としました!!他にはですか??え~と、あ、東南アジアのドイツ領を攻め落としました。え~と、うん、こんな感じですwだから脇役だって言ったじゃないですかw

ちなみにこのWWⅠは今までの戦争とは異なった特質を持っていました。一つは塹壕戦です。塹壕とは敵の弾を避けるために地面に溝を掘って隠れるものです。どの戦場でもこの塹壕が掘られました。WWⅠの初期の戦いはヤバイですよ。塹壕掘らずに敵の要塞に突っ込んだために機関銃で一斉射撃され、おびただしい死傷者が出ました。ちょうど日露戦争の旅順要塞みたいですね。

それからもう一つの特徴が新兵器の登場です。機関銃もこれに含まれますが、他に戦車や飛行機、果ては毒ガスといった化学兵器まで用いられました。これらの新兵器が死傷者を膨大な数にまで増やしていったのです。

さて、西部戦線で負けてしまったドイツ軍は方針転換し、こちらも防御するようになりました。これが結構、有効な作戦で、ウェルダンの戦い・ソンムの戦いで英仏軍を破り、一時フランス軍は崩壊の危機にまで達します。しかし、ドイツ軍も海上封鎖が効いたのか苦しくなってきました。

ドイツ軍は目には目をとイギリスの海上封鎖をする作戦を実施します。それが「無制限潜水艦作戦」です!!何かカッコイイ名前ですね。でも中身は凄まじいですよwドイツは新兵器の一つであるUボート(潜水艦)でイギリスに行こうとする船を全部攻撃する作戦を実施します。全部です、民間船もです!!凄いですねwこの作戦が後にドイツにとって最悪の結果を招きます。

さて、1917年に大事件が起こります。何とドイツにとっては幸運なことに、ロシアで革命が起こりました!!ロシア革命です。ロシアはもう戦争でころではありません。ロシアドイツと講和してしまいます。これでドイツは東部戦線の軍を西武戦線に回せます!!

協商国大ピンチ!!なところに救世主が現れます。そう、世界のビッグブラザーであるアメリカです。当時のアメリカはモンロー主義といってヨーロッパの戦争には関わらないという方針を取っていました。民主主義国家ですので、国民がそれを望んでいたのです。しかし、その考えがガラリと変わります。そう、ドイツ無制限潜水艦作戦です。この作戦により、アメリカ人が多数乗る客船が撃沈されたことなどにより、国民の間に戦争待望論が高まり、遂にドイツに宣戦布告に至るのです。

アメリカ協商国側として参戦しました。ドイツも東部戦線の軍を西部戦線に回しました。いよいよ、最後の決戦が始まります。まずはドイツ側が攻め込み、パリに砲弾を撃ち込むまでにフランスに侵攻します。しかし、アメリカ軍が到着した協商国側は反撃に転じ、ドイツを押し返します

反撃されたドイツ軍は困窮します。また、海上封鎖により経済もボロボロ。国民はもう我慢できませんでした。とうとうドイツ皇帝に対する革命が起きます。この革命は軍隊内にも波及し、ドイツは戦争継続が不可能になり、降伏を決意します。

講和はフランスのヴェルサイユで行われました。各国の大使がフランスに集結します。
フランス<おかげで国内ボロボロだよ、賠償金たんまりもらうぞ!!
イギリスフランスと同意見だ!!
ドイツ&オーストリア&ブルガリア&トルコ<ううう・・・・
アメリカ<まぁ、待て待て、平和構築を優先しようじゃないか、な??
ベルギー<血を多く流したのは我々だ!!アメリカは引っ込んでろ
イタリア<とりあえず約束の領土もらえたらいいやw
日本<そうだ!!明日、パリ観光しよっとww(マジでこんな感じw)     
  

結局はフランスイギリスの意見が通り、極めて重い賠償金を定めたヴェルサイユ条約が結ばれました。主な内容な以下の通りです。
ドイツとその同盟国は賠償金を払う
ドイツの賠償額は1320億金マルク (天文学的数字で絶対払えない)
ドイツオーストリアの合併禁止
協商国と周辺国への領土割譲
・海軍・陸軍の縮小、空軍の禁止                                       
                        などなどです。

ただでさえボロボロのドイツには極めて重い内容でした。この条約に対するドイツ人の恨みが後の第2次世界大戦の要因の一つになるのですが、当時の人たちにはそんなこと想像もできませんでした(ーー゛)  

ここまで読んでくれてありがとうございました<(_ _)>
アドバイス歓迎です(*^_^*)
    

 

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